人生を好転させる【他人の不幸は蜜の味】の考え方
他人の不幸は人生を活性化させるロイヤルゼリー
他人の不幸は蜜の味。
なんか人間の影の部分を表現した言葉だよね。
でもね、これって悪いことじゃないんだよね。
悪いって思ったら、人生損するよ。
だってさ、人間は基本的に「他人の不幸は蜜の味」だとするよね?
もし、あなたが正義を貫いて、他人の不幸をロイヤルゼリーにしなかったらどう?
あなただけ、蜜の味を食べていないことになる。
そして、あなたの不幸は、誰かの蜜の味にされているのよ。
これって損だよね。
だからさ、他人の不幸を密の味にして、自分の人生の活力にするのは悪いことじゃないんだよね。
むしろさ、他人の不幸から、より濃厚で栄養満点な蜜を持ってくることが大切よ。
ある種、蜜採り合戦みたいなところ、制していかなくちゃ。
なぜ、他人の不幸を美味しく頂きたがるのか?
他人の不幸を蜜の味にしたがる人には、ある特徴があるの。
それはね、自己肯定感が低いってこと。
自分で自分を認められない人ほどね、他人の幸福に敏感に反応するの。
他人の幸福に敏感だということは、他人の不幸にも敏感だということ。
他人の幸福は嫉妬心を煽り、他人の不幸は自尊心を高める。
パレートの法則ってあるよね。80:20の法則。
経済の全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという説。
一番分かりやすいのが、全所得の8割は、人口の2割の富裕層が持つってやつ。
自己肯定感を高めるにはさ、社会の中である程度の成功を収めなければいけないから、パレートの法則で言えば、成功者は2割ってことでしょ。
だからさ、8割の人は自己肯定感が高まっていないわけ。
8割の人が、他人の不幸は蜜の味にしたがるってわけよ。
この論理は単純だから、8割とは限らないけどさ、自己肯定感が高まるって結構難しくて、だからこそ、他人の不幸をロイヤルゼリーにしちゃうのよ。「他人の不幸は蜜の味」が一般論になっているってそういう流れなのよ。
成功し続ければ、他人の不幸は無味になり、他人の幸福が美味しくなる
自分自身が成功し続ければ、自己肯定感が高まるからさ、他人の不幸を頂かなくても、満たされているから、他人の不幸を密の味にすることもなくなるわけ。
成功すれば、自分の身の回りに美味しいものがたくさんあるからね。
自分自身で自己肯定感を高めていった経験からさ、他人により優しくなれると思うんだよね。
歳を重ねるごとにこういう人間になりたいよね。いわゆる、大人の余裕。
自己肯定感を高めれば、自信と余裕が溢れるからね。
自信と余裕があれば、いろんなところに気配りができるようになる。
社会的に成功していれば、経済的な余裕もあるから、様々なことを実行することもできる。
相手に裏切られても、還る場所は自分。
だから、相手を責めたりもしない。
もはや、人格者だね。
人格者だから「他人の不幸は蜜の味」にするわけないよね。
もう他人の不幸は無味なのよ。
他人がどうかということは、視点としては重要だけど、結局は自分の在り方が人生を決めるからね。
結論!成功するまでは、他人の不幸を密の味にしよう!
多くの人が、他人の不幸を蜜の味にしている。
あなただけ、蜜の味を吸わないのは、損をすることになる。
だから、あなたが不幸を密の味にしたいときは、素直にすればいいの。
ただ、絶対にいつか社会的に成功を勝ち取っていくという姿勢は忘れないで。
自分への肯定感を高め続けるということを忘れないで。
成功への道中で、他人の不幸を前に進む栄養ドリンクにするのは構わない。
不器用でもいいから、自分自身を磨き続けて、成功の階段を着実に上がっていこう。
そして、ある高さに達した時、そのフロアであなたは他人の不幸がいきなり無味になっていくから。
それは、あなたが他人の不幸を密の味にする必要がなくなたってこと。
より人格者に近づいたって感じだね。
人格者というと、あらゆる面で性格が良いみたいなイメージに捉われがちだけど、要は周りにブレない人のこと。
自信と余裕とある程度の富で、他人や世界を気にすることなく、自分と向き合い、周りを幸せにできる人のこと。
今回はさ、「人生を好転させる【他人の不幸は蜜の味】の考え方」。
他人の不幸は蜜の味にしてオッケー!
でも、いつかは他人の不幸を無味にしていくために、自己成長を続ける覚悟を持とう。
そういう考えで生きいくと、人生ってかなり得するからさ。
僕たちも、人間の不幸を密の味にして、これからもたくさんコラム書いちゃおう!
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2016年2月6日